「経済政策を変えた男:ミルトン・フリードマンの挑戦と影響」
- 2024.12.27
- ノーベル経済学賞
【ミルトン・フリードマンの功績】
1976年、スウェーデンの首都ストックホルムでノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ミルトン・フリードマン氏。彼は経済自由主義の擁護者として知られ、その理論は経済政策のみならず、社会のあり方にも大きな影響を与えました。フリードマン氏の功績を理解することで、現代経済学の根幹に迫ることができます。
【新自由主義の旗手】
フリードマン氏が受賞した理由は、「消費分析、貨幣史および安定政策に関する研究、および安定政策の複雑性に関する洞察」です。彼の代表的な理論は「マネタリズム」と呼ばれ、特に貨幣供給量と経済成長の関係に注目しました。
当時の経済学界では、ケインズ経済学が主流でしたが、フリードマンはケインズ派の財政政策に疑問を投げかけ、中央銀行による貨幣供給量の管理が景気安定の鍵であると主張しました。この主張は、1960年代から1970年代にかけて、世界各国でインフレと失業が同時に進行する「スタグフレーション」の時代にその効果を証明しました。
【経済自由と小さな政府】
フリードマンはまた、経済自由主義の思想家としても名を馳せました。彼は市場の自由を重視し、「小さな政府」を提唱しました。この考え方は、1970年代から1980年代にかけてアメリカのレーガン政権やイギリスのサッチャー政権の政策に影響を与え、自由主義経済の復興を支えました。
彼が強く推奨した政策の一つに、「負の所得税」の概念があります。これは、所得の低い人々に対し、税を負担させるのではなく、補助金を支給することで所得格差を是正するというアイデアです。この制度は、後に多くの国で議論され、福祉政策の一部として採用されています。
【フリードマン理論の応用】
フリードマンの理論は単なる学問上の議論にとどまらず、広く応用されました。マネタリズムの基本理念である貨幣供給量の管理は、今日の中央銀行の政策運営に不可欠な考え方となっています。また、彼の自由市場を重視する姿勢は、規制緩和や民営化の推進という形で世界各地の経済政策に影響を及ぼしました。
彼の業績は、経済学の枠を超え、政治学、社会学、さらには教育の分野にまで影響を与えています。たとえば、教育における「スクール・バウチャー制度」の提案は、教育の選択肢を拡大し、公平性を向上させるための政策として注目を集めています。
【日本への影響と課題】
日本においても、フリードマンの思想は多大な影響を与えました。1990年代のバブル崩壊後の経済再建において、規制緩和や市場の自由化を進める中で、フリードマンの「自由市場」の思想が参考にされました。しかし、日本社会では経済自由主義に基づく改革が必ずしも円滑に進まなかったのも事実です。その原因として、日本特有の官僚主導の経済運営や社会文化が挙げられます。
フリードマン理論が日本で実現するには、政府と民間の協力体制や、社会的安全網を強化しながら市場の自由化を進めることが重要だと考えられます。
【ミルトン・フリードマンの経歴】
1912年7月31日、アメリカのニューヨーク州ブルックリン生まれ
1932年ラトガース大学卒業
1946年シカゴ大学教授就任
1957年『消費関数の理論』を発表
1976年ノーベル経済学賞受賞
2006年11月16日、94歳で死去
【日本人研究者への示唆】
フリードマンの業績は、日本の経済学者に多くの示唆を与えています。特に、独自の理論を実証し、政策提言に結びつける力は、ノーベル経済学賞を目指す日本の研究者にとっても重要な教訓となるでしょう。日本社会が、閉鎖的な構造や過剰な保守性を克服し、独創性と多様性を育む環境を整備することが、さらなる学術的飛躍の鍵となるはずです。
参考サイト:
さくらフィナンシャルニュース
さくらフィナンシャルニュースnote
• シカゴ大学公式サイト
• ミルトン・フリードマン著『資本主義と自由』(日本経済新聞社)
• 「ミルトン・フリードマン追悼特集」The Economist (2006)