「クラウディア・ゴールディンが明かす労働市場のジェンダー格差」
- 2024.12.16
- ノーベル経済学賞
2023年のノーベル経済学賞は、クラウディア・ゴールディン(Claudia Goldin)教授が受賞しました。 受賞理由は、 「女性の労働市場における成果に関する理解を深めたこと」 (for having advanced our understanding of women’s labour market outcomes)です。
女性の受賞は、2009年のエリノア・オストロム教授、2019年のエスター・デュフロ教授に続いて3人目であり、女性単独受賞としては初の快挙でした。
ゴールディン教授は、経済史と労働経済学の分野で長年にわたり重要な発見を積み重ね、女性の労働市場参加やジェンダー格差に関する議論を大きく前進させた研究者です。 彼女の功績は、学術界を超えて社会全体に大きな影響を与えています。 彼女の研究テーマは、「なぜ女性が男性と同じ学歴や職業を持ちながらも収入格差に直面するのか」という問いに迫るものです。
20世紀における近代化、経済成長、女性の労働参加率や学歴の上昇にも関わらず、 なぜ依然として、同じ分野で同じ学歴を持つ女性が男性よりも給料が低いのでしょうか?
ゴールディン氏は数十年に渡る研究によって、その理由を明らかにしました。
ゴールディン教授の代表的な研究の1つとして、アメリカにおける女性の労働市場参加率を200年以上に渡る歴史的データから分析し、その変化が「U字型曲線」を描くことを発見したことがあります。
「U字型曲線」とは、産業構造が農業から工業、サービス業へと移行する過程で、女性の就業状況がどの様に変化してきたかを示すものです。
経済の初期段階、つまり①農業経済が中心の時代には、女性の労働市場参加率は比較的高い水準にありました。 この時代、家庭と仕事の区別が曖昧で、女性が農作業や家内工業に従事することが一般的でした。 こうした活動は、労働市場の外でも家庭の一部として行われ、社会的にも当然の役割とされていました。
しかし、②経済が工業化へと進むと、女性の労働市場参加率は一時的に低下します。工場労働は長時間の拘束を伴い、家庭との両立が難しくなったからです。 特に既婚女性は、家庭での役割が求められる一方、社会的には「女性は家庭にいるべき」という考えが強まり、労働市場から排除される傾向がありました。また、この時期には教育の機会も限られており、女性が専門的なスキルを身につけるのが難しかったことも要因です。
その後、経済がさらに発展し、③サービス産業が主流になると、女性の労働市場参加率は再び上昇します。 サービス産業は、工業化時代に比べて柔軟な働き方を提供しやすく、家庭と仕事の両立が可能になりました。 また、教育機会の拡大や技術革新(例:家電製品や避妊薬の普及)によって、女性が家庭内の責任を軽減し、働きやすい環境が整えられたことも要因です。
ゴールディン教授の研究によると、この「U字型曲線」は、アメリカにとどまらず、他の高所得国や一部の中所得国でも観察されており、女性の労働市場参加が単なる経済発展の結果ではなく、文化的・社会的要因や技術革新といった複数の要因に依存していることを示しています。
例えば、アメリカでは、18世紀末から20世紀にかけて、この曲線が明確に描かれています。 初期の農業経済では女性の参加率が高かったものの、工業化が進むと参加率が低下しました。そして20世紀後半、サービス経済の台頭により参加率が再び上昇しました。
また、ゴールディン教授は、男女間賃金格差が単なる能力や努力の差ではなく、社会的・制度的要因によってもたらされることを明らかにしました。
ゴールディン氏の研究は、賃金格差の大半が同じ職業に就く男女間で起きているとした上で、 その主な理由は、 女性が子どもを産むと労働時間と収入が減る『母親ペナルティ』と、不規則な日程と長時間労働を要求し、その代価として高い報酬を支払う『貪欲な仕事』に就けるか否かにある としています。
「母親ペナルティ」とは、女性が子どもを産むことで労働時間が減少し、それに伴い収入も減少する現象を指します。一流MBA卒業生を16年間追跡調査した結果、女性の収入は出産後に大幅に減少し、その後の回復が男性ほど進まないことが明らかになっています。 一方で、男性は父親になることで労働時間が増加し、収入が上昇する「父親としての賃金格差の恩恵」を受ける傾向があります。
2022年の調査によると、25歳から34歳の女性の収入は同年齢の男性の92%に達しているものの、出産適齢期のピークである35歳から44歳では83%に低下します。 この違いが男女間のキャリア形成に大きな影響を与えているのです。
もう一つの重要な概念が、「貪欲な仕事(Greedy Jobs)」です。 ゴールディン教授は、不規則な日程や長時間労働を伴い、高報酬が支払われる職種において、既婚女性や子どもを持つ女性が参加しにくい現状を指摘しています。 この傾向は欧米だけでなく、他国でも確認されており、女性が家庭や子育てのために柔軟な働き方を優先する結果、同等の能力を持つ男性との収入格差が生じていることを明らかにしました。
さらに、ゴールディン教授は、職場における無意識のバイアスを明らかにする研究も行いました。 オーケストラの選考過程で、ついたてを使い応募者の性別を隠すことで女性の合格率が大幅に向上したことを示し、性別に基づく偏見の存在を実証しました。例えば、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団では、実際の女性楽員の比率は約17.2%程と、低い値になっています。 この研究は、無意識のバイアスが職場でどのように作用しているかを示す重要な事例となり、性別による公平な評価の実現に向けた議論を喚起しました。
ゴールディン教授の研究は、女性の労働市場参加やジェンダー格差が単なる個人の選択や能力の違いではなく、社会的・制度的な要因によってもたらされることを明らかにしました。
この研究結果は、柔軟な働き方の推進や子育て支援制度の拡充、性別に基づくバイアスの排除といった具体的な政策形成に寄与しており、未来の社会や経済政策の設計において重要な指針として、ジェンダー平等の実現に向けた道筋を示しています。
ノーベル財団のHPでは受賞内容と科学的背景をまとめた文書が公開されています。気になる人は読んでみてください(英文) History helps us understand gender differences in the labour market
参考サイト:さくらフィナンシャルニュースnote