「制度と経済発展:ノーベル経済学賞に輝いた革新的研究」
- 2024.12.10
- ノーベル経済学賞
2024年10月14日、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授、サイモン・ジョンソン教授、シカゴ大学のジェイムズ・ロビンソン教授の3名がノーベル経済学賞を受賞しました。
授賞理由は、「制度がどのように経済発展に影響を与え、どのように形成され、持続し、変化していくのかを解明したこと」にあります。
さらに、彼らは制度の質が国の豊かさを規定する要因であることを実証し、「政治や社会制度が経済に与える影響」を経済学の重要なテーマとして確立しました。
「なぜある国は豊かで、他の国は貧しいのか」という問いは、社会科学における永遠のテーマです。
この問題に最初に取り組んだのはアダム・スミスで、彼の著書『国富論』(1776年)は、その正式なタイトルに「国々の富の性質と原因に関する探求」とあるように、このテーマを深く探求しました。 以来、多くの学者がこの問いを追求してきましたが、アセモグル氏らの研究は、新しい視点と実証データによって、制度が経済発展を左右する重要な要因であることを証明しました。
アセモグル氏らの研究は、1993年にノーベル経済学賞を受賞したダグラス・ノース教授の業績に深く根ざしています。 ノース教授は、ロバート・トーマス氏との共著『西欧世界の勃興』で、近代西欧が経済発展を遂げた要因として、所有権を保護する制度の形成を挙げました。
彼は、「1688年の英国名誉革命をきっかけとし、治安維持や契約履行を司法が担保し、恣意的な課税を排除する制度が経済活動を活発化させた」と論じました。しかし、ノース氏の研究は英国に焦点を当てたデータに依存しており、この仮説を他の地域や時代に適用するには限界がありました。
アセモグル氏らは、2001年の論文「The Colonial Origins of Comparative Development: An Empirical Investigation」で「操作変数法」という計量経済学の手法を用い、制度が経済発展に与える影響を示しました。
「操作変数法」とは、統計学や経済学で因果関係を推定するための手法です。因果関係を特定するために、説明変数(制度)に相関するが、それ自体は結果(経済発展)に直接影響を与えない変数を選定します。
操作変数法は、因果関係の推定において混ざり込むバイアスを解消するための強力な方法ですが、適切な操作変数の選択が成功の鍵となり、そこが研究者の腕の見せどころです。
例えば、教育年数が収入に与える影響を調べたいとします。 しかし、教育年数と収入には家庭環境や才能などの影響が混ざり、正確な因果関係を測定しにくいです。このとき、法律で義務教育年数が変わった時期を「操作変数」として使うことで、教育年数が収入に与える純粋な影響を推定できます。
アセモグル氏らの研究では「植民者の死亡率」が操作変数として選ばれました。 植民地化時代、死亡率が高かった地域(アフリカ、南米)では短期的な搾取を目的とした「略奪的な制度」が導入され、一方、死亡率が低い地域(北米、オーストラリア)では定住を前提とした「包括的な制度」が整備されました。
この制度の違いが現代まで影響を及ぼし、国ごとの経済的豊かさに差をもたらしていることが実証されました。
さらに、アセモグル氏らは制度の持続性に焦点を当て、植民地化時代に形成された制度が現代までどのように影響を与えてきたかを探求しました。 彼らの研究は、制度が単に一時的な影響を与えるのではなく、政治的、経済的構造を通じて長期的に国家の発展に寄与することを明らかにしました。
アセモグル氏らの研究は、単なる学術的意義を超え、社会科学全体に新たな視点を提供しており、特に発展途上国の経済政策や国際援助において、制度改革の重要性を示唆しています。 「豊かさは地理や自然資源だけではなく、それを利用するための制度の質に大きく依存する」という彼らの結論は、持続可能な発展を目指す指導者にとって重要な指針となるでしょう。
彼らの研究は、経済学における「政治経済学」の確立にも寄与し、制度が経済活動に与える影響を体系的に分析するための基盤を築きました。 この成果は、経済学だけでなく、政治学や歴史学など幅広い分野に影響を与え、制度を通じた持続可能な発展の可能性を探る新たな道を切り開いています。