「AIの父、甘利俊一氏の遺産:ノーベル賞に隠れた天才の軌跡」
- 2024.11.13
- ノーベル経済学賞
2024年のノーベル物理学賞は人工知能(AI)研究者であるカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン氏と米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド氏に与えられました。
しかしその陰で、「この人が受賞しないのはおかしい」と騒がれている人物がいます。 東京大学名誉教授の甘利俊一氏です。
甘利氏はヒントン氏やホップフィールド氏より10年以上早い1960~70年代からほぼ同内容の論文を書いていましたが、当時はAIの冬の時代でした。
注目されぬまま時が経ち、後にヒントン氏らが甘利氏の研究をいわば「再発見」する形でAIを盛り上げ、現在の隆盛に繋げました。
甘利氏は、人工知能(AI)分野、特にニューラルネットワークの発展において重要な役割を果たした研究者です。
1967年に発表した「確率降下法」という学習法は、現代のディープラーニングの基礎を築き、「誤差逆伝播法」と呼ばれる学習方法の理論的基盤にもなりました。
甘利氏の業績は、AI技術の進化を理解する上での重要な手がかりであり、今後も社会に大きな影響を与えるものです。 甘利氏は、AIの学習方法を数学的にモデル化し、理論的な枠組みを確立しました。
その1つが「情報幾何学」という新しい数学分野で、AIがデータを効率よく処理できるように「最適な経路」を示す役割を果たします。 情報幾何学は、データのパターンや特徴を空間的に捉えることで、ニューラルネットワークが内部でどのように情報を流し、 どの「重み」を調整すべきかを可視化しやすくする助けとなっています。これにより、AIがより精度高く学習するための基盤が築かれています。
甘利氏の理論には、人間の脳が情報を処理する仕組みを模倣する発想が取り入れられています。
人間の脳は1000億以上のニューロンが並列に情報を処理し、複雑な判断を瞬時に行うことができます。ニューラルネットワークもこの並列処理の仕組みを参考に設計され、膨大なデータに対して効率的に学習・適応できるようになりました。 AIが人間のように学習し、適応力を持つシステムへと進化した背景には、甘利氏の理論が大きく関わっているのです。
確率降下法は、AIが学習を進める際に「誤差を減らす方法」です。
誤差とは、AIの予測結果と正解のズレであり、AIはこのズレを少しずつ減らしながら「重み」を調整していきます。
たとえば、画像認識で最初は犬の画像を猫と誤判定することがあっても、何度も学習を重ねることで「犬」と正しく識別できるようになります。 こうした試行錯誤のプロセスにより、AIは段階的に精度を高めていきます。
誤差逆伝播法は、出力結果から誤差がどこで生じたかを逆方向にたどり、各層でどのように調整すべきかを学習する手法です。
たとえば、音声認識システムで「こんにちは」を「さようなら」と誤認識した場合、誤差逆伝播法を使って誤りが発生した層を特定し、次回は正しく認識できるよう修正します。 誤差逆伝播法で得た「調整すべき量」をもとに確率降下法が「重み」を修正して誤差を減らし、この2つの手法が連携することでAIは複雑な問題に適応し、精度を高められるようになりました。
甘利氏の理論を基盤とするディープラーニング技術は、顔認証システム、ロボット工学、画像認識、音声認識、自動運転、自然言語処理などの分野で幅広く応用されています。
自動運転では、車が歩行者や信号を正確に認識し安全に走行するためにディープラーニングが活用されていますが、これは甘利氏の理論が支える基盤があってこその技術です。
甘利氏の提唱した理論は、AIが複雑なタスクを学び、社会や産業界で活躍するために欠かせない要素として、現在も進化を支えています。
ニューラルネットワークは「並列処理」という点で人間の脳と似た構造を持ち、膨大な情報を同時に処理できる仕組みを持っています。
しかし、脳のニューロンが持つ柔軟性や高度な情報統合能力にはまだ及びません。
人間の脳は多様な情報を即座に統合し、判断を下すことができますが、AIはそのレベルの柔軟な適応力や認識スピードにはまだ課題を抱えています。 この点で甘利氏の理論は、脳の働きを模倣するための重要な試みとしてAI技術の発展に寄与しているのです。
甘利氏が提唱した理論は、当時のハードウェアの性能が不十分だったために十分に活用されませんでした。
しかし、近年ではGPUやTPUなど、膨大な計算処理が可能なハードウェアの進化により、甘利氏の理論が実用化され、ディープラーニング技術は飛躍的に進化しています。 この先駆的な理論は、AIが単なるルールベースから脱却し、自己学習と適応能力を持つシステムに進化する基盤を築き、 現在のAI技術を支える要として、その重要性をさらに増しています。
また、甘利氏は人工知能研究の分野における先駆者の一人として世界をリードしており、その功績は国内外で高く評価されています。
―経歴―
・1936年1月3日東京府東京市目黒区碑文谷に生まれる
・1951年3月日本学園中学校を卒業、その後東京都立戸山高校に進学
・1958年3月東京大学工学部応用物理学科を卒業
・1963年3月東京大学大学院数物系研究科応用物理学博士課程を修了し、工学博士を取得
・1967年4月東京大学工学部計数工学科助教授に就任
・1975年4月マサチューセッツ大学客員研究員を務める
・1981年4月東京大学工学部計数工学科教授に昇任
・1994年10月理化学研究所国際フロンティア研究システム情報処理研究グループディレクターに就任
・1996年3月東京大学を定年退職し、名誉教授となる
・2003年4月理化学研究所脳科学総合研究センターセンター長に就任
・2018年4月理化学研究所栄誉研究員に就任
―研究業績―
数理神経科学を専攻し、学習理論、自己組織化理論、連想記憶、統計神経力学、神経場理論などの研究を行い、数理脳科学の基礎を確立しました。また、情報幾何学の創始者としても知られています。 1967年には多層パーセプトロンの確率的勾配降下法を定式化し、後のディープラーニングの基礎となる重要な発見をしました。
―受賞歴―
・2011年瑞宝中綬章を受賞
・2012年文化功労者に選出される
・2019年文化勲章を受章