公益通報制度を考える~兵庫県、ビッグモーター社、ダイハツ~ 消費者庁も有識者検討会で年末までに意見集約
- 2024.7.30
- 平木雅美選挙アナリスト記事国内ニュース
兵庫県知事による職員へのパワハラ、業者などへの物品の「おねだり」疑惑を内部告発した県幹部職員が死亡した案件について、この告発は「内部通報」に該当するのではないか、県の対応は、公益通報者の保護に反して不適切だったのではないかとの指摘が続いています。
また、大手自動車製造メーカーでは、不正なデータを使って国の認証を取得していたケースについて外部への通報で明らかになるなど民間企業でも不祥事が相次ぎました。
公益通報者保護法について、消費者庁では有識者の検討会を立ち上げ、現行法制度が抱える課題について議論を続け、年末までに意見を集約します。
きょう公益通報者保護法について取り上げます。
公益通報制度とは
公益通報者保護法は、働く人が、データ改ざんや産地偽装、リコール隠しなど、勤め先の不正行為について、会社が設けた窓口や行政機関などに通報したことを理由に、不利益な扱いを受けないよう通報者を守ることなどを定めた法律です。2006年に施行され、22年に一部改正・施行されています。
まず、その概要を説明します。
法律で保護される対象は、 正社員、派遣社員、アルバイト、退職して1年以内の社員などで、刑事罰などの対象となる不正行為について、会社が定めた窓口や上司、または、行政機関に通報したケースです。
さらに、内部通報では解雇されそうといった一定の条件を満たすケースでは報道機関などに通報した場合もそれを理由とした解雇は無効となり、降格・減給・配置転換といった不利益な扱いも禁止されています。仮に、不利益な処分を受けた場合、裁判所に訴え、争うこともできます。
その上で、従業員が300人を超える企業に対しては、通報を受け付ける窓口や対応する担当者を置くことが義務付けられ、違反した場合、行政措置が定められているほか、担当者が、通報した人についての情報を漏らすことは禁止されていて、こちらは違反した場合、担当者個人に罰金を科すことなどが盛り込まれています。
こうした通報によって、企業の不正を早く発見し、是正することができれば、消費者への被害が拡大する前に防ぐことができる上、、社員が不正への関与を迫られることを防ぐこともできます。こうした理由から公益通報制度が設けられました。
【参考資料① 公益通報者保護法の概要 ②同条文】
兵庫県で起きている事案
現在、兵庫県の斎藤元彦知事による職員へのパワハラ、業者などへの物品の「おねだり」問題について、その疑惑を内部告発した県幹部職員が死亡した案件について、この告発は「内部通報」に該当するのではないか、県の対応は、公益通報者の保護に反して不適切だったのではないかとの指摘が続いています。
事案を時系列で整理します。
幹部職員は今年3月中旬、知事による部下へのパワハラや視察先企業からの贈答品の受け取りなど7項目の疑惑を指摘した文書を、一部の報道機関や県議に送付しました。
しかし、県は3月27日、この職員の担当業務、役職を解任し、斎藤知事は同日の記者会見で、「(文書は)事実無根の内容が多々含まれている。業務時間中に『うそ八百』を含め、文書を作って流す行為は公務員として失格だ」と述べました。
これに対して、男性職員は4月4日、県の公益通報制度を利用し、庁内の窓口に疑惑を通報。制度を所管課が事実関係を調査することになりましたが。県の人事当局はこの結果を待つことなく、5月7日、文書を「核心的な部分が事実ではない」とする内部調査結果を発表し誹謗中傷に当たるとし、勤務中に公用パソコンを私的に利用したことなどと合わせ、男性職員を停職3か月の懲戒処分としたものです。
注視すべき点は、告発文を配った後、県の公益通報窓口に通報していることです。県はこれを公益通報と認めず、法律に沿った調査をせずに処分を決めましたが、公益通報者の保護に反する不適切な対応ではなかったかどうか、学識経験者らから「公益通報を窓口で受理しているにもかかわらず通報から1か月ほどで、人事当局の内部調査をもって懲戒処分
を行ったのは問題がある。知事や人事当局は、公益通報制度への理解が足りていない」と指摘する意見が出ています。
さらに、その後、告発された疑惑を裏付ける証言が次々に表面化しています。県の内部調査の中立性も疑われています。
県議会は調査特別委員会(百条委員会)を設置しています。告発内容の真偽だけでなく、公益通報の手続きを取らなかった県の対応を検証しなくてはならないはずです。
民間企業でも相次いだ不祥事と通報制度
一方、この兵庫県で起きた事案だけでなく、企業でも不祥事が相次いだことから消費者庁では有識者による検討会を設け、法制度について問題がないかどうかを議論を進めています。
客から預かった車をわざと傷つけるなどして、保険金をだましとっていたビッグモーターのケースがあります。同社には内部通報の制度がなく、社員が社内に訴えたものの、会社側が、詳しく調べず、最終的に外部への通報で発覚しました。
第三者委員会の調査報告書は「結果的に、告発をもみ消したと言わざるを得ない」と指摘しています。
また、不正なデータを使って国の認証を取得していたダイハツ工業の不祥事あります。同社には窓口はありましたが、外部への通報が契機となって発覚しました。
両社ともに、企業として大きなダメージを受け、ビッグモーターは、主な事業が大手商社などに渡り、ダイハツも、国内全ての工場で、一時、生産が止まり、部品会社や販売店にもその影響が広がる深刻な事態となりました。
消費者庁:有識者検討会を立ち上げ
消費者庁の調査からは、制度が十分に活用されていない実態が透けてみえてきます。
会社の窓口への通報が少ない上、「通報したのに、調査や是正が行われなかった」それどころか「不利益な取扱いを受けた」という回答も、多く寄せられました。
【参考資料③ 企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析‐不正の
早期発見・是正に向けた経営トップに対する提言】
こうしたことから、消費者庁では、今年5月、有識者による検討会を立ち上げました。
7月までに3回行われた協議では、経営トップが内部通報の意義について社内に発信することが重要だとする意見が出ています。
弁護士などからは、「不正をきちんと是正することを含め、内部通報の体制が十分に整備されていない企業に対して、より厳しいペナルティーが必要だ」や「通報者に不利益な扱いをした企業に対して、行政措置を導入すべきだ、といった規制強化を求める」意見が相次ぎました。
裁判になった場合、通報したことで不利益な扱いを受けたということを、社員の側が立証しなければならず、それが通報をためらう理由のひとつになっているとして、「立証責任の負担を軽減できない」かという意見や「匿名での通報を受け入れる体制の整備を徹底する」よう求める意見も出されました。
こうした意見に対して、主として企業側からは「不利益な処分を受けた理由が、本当に内部通報なのか、行政機関が認定することは難しく行政措置を導入することは慎重に検討すべき」や「人事上の扱いに不満をもつ社員による内部通報の乱用につながる心配がある」などの意見が出されました。
消費者庁の検討会は、年末に対応策をとりまとめる方針です。
公益通報制度を形骸化させてはならず、兵庫県のケースは制度を適切に運用しているかどうかを点検することが迫られています。
不正をいち早く発見し、是正することは、行政側・企業側、働く側、そして消費者にとっての安全安心と信頼につながります。
すべての関係者にとって、より有益となる制度改正が求められています。以 上
筆者 平木雅己(ひらきまさみ)選挙アナリスト
元NHK社会部記者。選挙報道事務局を長く勤め情勢分析や出口調査導入に尽力。小選挙区制度が導入された初めての衆議院議員選挙報道ではNHK会長賞を受賞。ゼネ
コン汚職事件、政治資金の不正など政治家が関わる多くの事件・疑惑も取材。
その後、連合(日本労働組合総連合会)事務局にて会長秘書(笹森清氏)として選挙
戦略の企画立案・候補者指導を担当、多くの議員の当選に尽力した。
政策担当秘書資格取得後、法務大臣/自民党幹事長代理はじめ外務大臣政務官、衆参国会議員政策秘書として、外交・安全保障、都市計画、防災、司法、治安、雇用・消費者、地方自治などの委員会や本会議質問を作成、政策立案に携わる。
★出稿資料★
230730出稿資料① 公益通報者保護法の概要(令和4年6月1日施行) 230730出稿資料② 公益通報者保護法 条文 230730出稿資料③ 企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析(令和6年3月)
230730出稿資料② 公益通報者保護法 条文230730出稿資料③ 企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析(令和6年3月)